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エヴァンゲリオン新劇場版 最終作についての妄想

コミックナタリー:ヱヴァ続編の予告に変化、謎の「3.0+1.0」

この番組内で、映画本編の終了後に「NEXT」「EVANGELION:3.0+1.0」というテロップが表示された。

http://natalie.mu/comic/news/125423

テレビは観ませんでしたが、確かに公式サイトでも「3.0+1.0」に変わってますね。(確か今までは「FINAL」と書かれていたと思います)
http://www.evangelion.co.jp/

私は昔エヴァにハマった人間なので、つい色々想像してしまいます。以下は私の想像です。

「3.0+1.0」の意味

「Q」の劇場版での次回予告では、「最初に戻ってやり直す」という意味のダ・カーポ記号( :|| )が使われていました。正式タイトルはこれなんでしょう。そして、英語での表記(サブタイトル?)としての「3.0+1.0」は、それをもっと直接的に表したものなんでしょう。

多くの人が同様の予想をしていると思いますが、恐らく最終作「3.0+1.0」は新劇場版第一作目の「序(1.0)」の時間に戻って何か別の方向に行き、別の未来を示して完結するのだと思います。

「Q」というバッド・エンド

新劇場版の「序(1.0)」「破(2.0)」「Q(3.0)」の 3作は一つの物語の流れで、いったん終了。「Q」では観客を突然未来に飛ばし、キャラクターを老いさせ、ネルフを組織分裂、シンジを世界の破壊者にし、エヴァ同士を戦わせ、訳のわからない展開に取り残されて茫然としている内に、主役3人(もう「チルドレン」とは言わないんだっけ?)は砂漠の向こうに去って行ってしまいます。

そして、次回予告の一場面に、真っ二つにしたエヴァを左右くっ付けた8+2号機という、悪い冗談としか思えない機体を観た時には、「ふざけるな、なんだこの映画! 次回どうやって終わらせるんだ?!」といたく憤慨したものでした。

しかし、これがシナリオ通りだったとは……。

序・破・Q は一つのバッド・エンド展開のルートだったのでしょう。だからこそ、あそこまで徹底的にエヴァ・ワールドを壊し、主人公を追い詰め、観客を混乱させたのでしょう。

(個人的には、東京都は福島県原子力発電所を押し付けて、特に自分が何か意図的にしたつもりは無かったけど、その電力で生きて来たんだな……という気持ちが、「Q」で起きたら世界を滅ぼした人になっていたシンジに重なる部分は有り、不思議な気分になる映画ではありましたが)

どこまで戻る?

しかし、エンターテインメント、映像クオリティで(私が)大絶賛だった「序(1.0)」にまた戻って、何をやり直すんでしょう? シンジはどの選択肢を誤って、「Q」の世界に来てしまったんでしょう?

「序」は基本ストーリーは1995年のテレビ版と同じであって、シンジが第3新東京市にやって来て、エヴァにやや強引に乗せられ、使徒を何体か倒し、トウジたちと友達になり、綾波レイと協力してヤシマ作戦を成功させるところまでの話です。新劇場版は、次の「破」からテレビ版と違う話が展開して行きますが、これが罠で、「序」、つまり普通のロボットアニメとして進行して何の問題も無いと思われていたテレビ版の第壱話「使徒、襲来」〜第六話「決戦、第3新東京市」のどこかに、既に何か課題が有ったという事でしょうか!? エヴァ新劇場版、最終作となるこのタイミングでいきなり1995年まで巻き戻すとは。そして、「序と破はさすが庵野って感じで良かったけど、Qはもうなんか違うなって感じ」という(私の)評価を、「3.0+1.0」という足し算だけで、「その序と破こそが問題だったのであり、世界を滅ぼした。『Q』の未来へ行かないためには、もう一度本当の最初、つまり1995年の第壱話〜第六話まで戻って物語を書き換えなければならない」とひっくり返すとは……。そして私は何を熱くなっているんだ。

それにしても、今のところ完璧と(私が)思われていたテレビ版の1〜6話、新劇場版の「序」では編集して映像のクオリティさえ高めれば基本そのまま使えたエピソードの、いったいどこに落とし穴があり、やり直す必要があったんでしょう?

「破(2.0)」まで戻ってみる

これが「3.0+2.0」、つまり「破」からやり直すなら、まだ分かります。使徒に飲み込まれた綾波レイを見捨てれば良い。

(私の理解では)「破」で綾波レイを助けようとしてシンジが叫んだらエヴァ初号機が覚醒して、ニアサードインパクトという爆発みたいなのを起こし、その結果『Q』の未来を招いてしまいました。しかし勿論、レイを見捨てる選択肢では世界は守られるかもしれないけど、シンジは幸せにはなれません。

または、「破」の中盤で、アスカを助けるという選択肢は? エヴァ3号機に閉じ込められたアスカを助けるに当たって、エヴァを暴走させないとしたら、通常のエヴァの能力とシンジの性格では無理そうです。ここでシンジがエヴァを覚醒させたら、綾波レイ同様に謎空間でアスカを助けられそうです。適当ですけど。しかし、それはそれでまたニアサードインパクトが起きるのでしょう。

なので、「破」からやり直すのでは既に手遅れなんだと思います。アスカとレイ、どちらを見捨ててどちらかを助ける、という選択肢ではなさそうです。シンジは、アスカとレイの2人どちらも、使徒に奪われてはいけない。どちらかでも使徒に奪われて、シンジがエヴァ初号機を覚醒させたら「Q」ルートが確定してしまいます。

最初に戻ってやり直すべきことは?

シンジがエヴァの覚醒に頼ってはいけない、というのは言えそうです。エヴァの覚醒は、原理はよく分かりませんが、テレビ版だとエヴァ初号機にはシンジの母親のユイさんの魂が取り込まれていて、シンジがピンチになると暴走して助けてくれるので、たぶん覚醒というのも初号機の中のユイ母さんが関わってるんでしょう。

つまり、シンジは自分の喧嘩にお母さん(ユイさん)に出てきてもらっては駄目で、自分で初号機を乗りこなして使徒を倒さなくてはいけない。恐らくそれが、新劇場版「序破Q」の教えなのでしょう。

テレビ版でも、旧劇場版でも、新劇場版でも、シンジはピンチになるといつもお母さんに助けてもらって来ました。新劇場版では、旧劇場版の頃より性格が随分積極的になって、「シンジさんかっけー」と(私が)言う声もありましたが、熱い気持ちがあっても、もう14歳になったらお母さんに助けてもらってたら駄目なんです。

その厳しさでもう一度この物語をやり直すとしたら、相当最初の方まで戻らないといけません。

恐らく、シンジは、1995年10月11日の第弐話「見知らぬ、天井」の第3使徒サキエルとの戦いまで戻ってやり直さなくてはいけないんだろう、というのが私の想像です。記念すべきシンジのこの初陣で、テレビ版でも、新劇場版「序」でも、エヴァ初号機が暴走して使徒を倒しています。覚醒とはレベルが違うようですが、中のお母さんがシンジを守るために出てきたんでしょう。

シンジだけで?

しかし、初めてエヴァに乗って、エヴァの暴走に頼らずシンジが戦えるものでしょうか?

ここで、きっと、綾波レイも何か変わっているんじゃないかなと思います。というのは、新劇場版「序」によって、「You are (not) alone.」という事をレイは学んでいる可能性があります。1人だけで戦うかもしれないし、1人だけではないかもしれない。

また、アスカが出てくるのか分かりませんが、出てくるとしたら、新劇場版「破」によって「You can (not) advance.」ということを学んでおり、綾波レイと弁当作りで競争せず、共同で食事会をしようとするかもしれません。


……などなど、妄想していたら随分長く書いてしまいました。私は上に書いたように、「破」まではエヴァ・ファンだったのに、「Q」を映画館で観て失望していました。それが、先日「3.0+1.0」という表記を観て、もしかして?! と思い、十数年振りにエヴァについて妄想が湧いてきました。

テレビ版から19年になりますが、エヴァ語りは楽しいですね。

エヴァ新劇場版の最終作が、私の想像など吹き飛ばすような強烈なものであることを信じて、劇場公開を待ちたいと思います。

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