I'm not OK

小説、映画、音楽の感想など

小説: 「君に必要な物は1つだけ」

はてなで のべらっくすさんという方が小説を募集されていたので、応募させていただきました。
お題は年末年始行事です。
にぎやかな話を書こうと思ったら、なんかよく分からない話になってしまった。

しかも、文字数上限が5000字のところ、6100字くらい書いていました。すみません……。
初めて小説らしきものを書いてみましたが、楽しかったです。そして難しかったです。
次回また機会があったら、今度は文字数守って書きます。

http://novelcluster.hatenablog.jp/entry/2014/12/15/000000

ーーー

ある年の12月31日 20時27分。

渋谷駅前のスクランブル交差点では歩き出した人たちがフライパンで豆を煎るように混ざり合っていた。

一は交差点に面したカフェから交差点を見下ろしていた。1時間ほどここから見ているが、人の歩くスピードが早くなってきた気がする。コスプレや奇抜な服を着た人が増え、赤信号でも渡る若者、また渡っている途中で集合写真を撮ったり、知り合いを見つけては抱き合うグループもいて、人の流れがよりランダムになって来ている。

「そろそろかな?」
一はテーブルの向かいに座っている会員の学に声をかけた。一も学も黒いコートを着、黒いニット帽をかぶっていた。一の方が若く見えた。まだ高校生にも見える。学はタブレット端末に目を落としていたが、「んん……」と言って間を空けてから一に鋭い目を向けて答えた。「まだ。あと25分くらい。」

ふうん。ありがとう、と一は言ってまたカフェの窓ガラスからスクランブル交差点を監視した。すでに3人、この寒い中で腕や足の露出度が高めで、白くふわふわした素材の服を来ている女子を見つけた。何人かは女装した男かもしれない。いや、視線を移すと4人目がいた。彼等は白い髪をしているので上から見ると目立つ。もちろんウィッグだろう。と、5人目を見つけた。徐々に増えている……。

「天野ゥズ」のコスプレだ。

天野ゥズについて一が知っているのは、Vocalligenceという人工知能つきの音声合成プログラム・ソフトであり、そのソフトに設定された架空の女の子のキャラクターだということだ。プログラム・ソフトとしての天野ゥズを購入してPCにインストールしインターネットにつなげると、天野ゥズはWEB上の言葉を収集して解析し、若者の心をつかむラブ・ソングの歌詞を作ることができる。そこにプロからアマチュアの音楽家たちがメロディや伴奏をつけると、天野ゥズがほとんど人間のように歌ってくれる。天野ゥズの歌は動画共有サイトなどにアップされ、評価され、シェアされていく。天野ゥズの歌に喚起されたイラストや小説、アニメーションも多く、テレビCMなど企業に使われるケースも増えていた。

一は情報端末でSNSサービスのアプリケーションを立ち上げ、「#ameknows_rainbow」タグを検索した。関連する投稿が流れ込んでくる。

「渋谷なう。交差点人多すぎておまわりさんさばき切れてないw」
「ゥズちゃんのコスプレしてる人いた!」
NHKホール行きたかったけど渋谷も超熱気!」

彼等が待っているのは、天野ゥズの出番だった。毎年大晦日の風物詩となっているNHKの「虹色歌合戦」の参加者として、今年は初めて合成音声のキャラクターが招かれたのだ。今回、天野ゥズは今年一年間にWEB上を流れた言説を解析して、今年を表す新曲を発表することになっていた。作曲者は伏せられていたが、最近重い病気から手術で復活したベテラン・ミュージシャンという憶測が流れていた。また、今回の目玉としてNHKホールには特殊な巨大曲面ディスプレイが設営され、3DCGで描かれた天野ゥズが歌いながら踊るパフォーマンスをすることになっていた。また、同時に、渋谷スクランブル交差点の大型ビジョンでも同期して天野ゥズが歌う映像が放映され、併せて付近のビルにプロジェクション・マッピングが施されて渋谷の街を盛り上げるとアナウンスされていた。

「あと15分。」
学がタブレットをくるっと反転させて一に見せた。NHKホールの会場がテレビ放送から数秒遅れで映っていた。男性アイドルの歌の後、今年土砂崩れのあった被災地を大所帯の女性アイドル・グループが訪問する場面が続いていた。災害現場や仮設の学校を見学して涙を流すアイドルたち。広島・長崎や東北地方は今年はもう虹色歌合戦で映ることはなかった。そしてこの後避難所になっている小学校体育館でアイドル・グループの歌が生中継される予定だった。別れた人とも、桜の樹の下でまた会える、という内容の歌だ。同時に、この間にNHKホールでは天野ゥズの舞台用の巨大ディスプレイがステージに運搬されているはずだ。

渋谷のスクランブル交差点でも準備が進められていた。警察による交通規制が敷かれ、車両通行止めとなった。一時的な歩行者天国となり、若者たちが情報端末を片手に交差点を埋め尽くしていく。カフェの客たちが、何が起こるのか、と窓の外を見やった。

副会長から一の情報端末に電話がかかってきた。

「はい、いま現場近くの店にいます、学と一緒です。……はい、特段問題はありません、……はい、実行します。」

学がまた鋭い目で一を見ている。一は学に軽くうなずいて見せる。恐らく学は一の監視役としての使命も受けていて、時々タブレット端末に字を入力しているのは上層部に状況を伝えているのだろう。

「偶像に死を。」
電話の向こうの副会長が言った。
「母なる国家にロイヤルティの誠を。」
一が応えると電話通信が終了した。一は端末をテーブルに置いた。もうこの端末を使うことはない。通話履歴から会に迷惑をかけることはできない。

「……じゃ、よろしく。行ってくるわ」
一は立ち上がり、学に背を向けると急ぎ足で出口に向かった。「お疲れ様です。」と学が背後で言う声が聞こえた。カフェ店内は混み合っており、人の頭上を羽毛や埃が舞って白く光る。空席が出るのを待っているカップルたちの間をすり抜けて一はカフェのあるビルを出た。

渋谷の夜空は黒く、スイッチを切ったディスプレイのように艶やかだった。スクランブル交差点は人で埋まり、ぶつかり合いながらゆっくりと流れている。

学のことはSNS上の政治的な発言しか知らなかった。もう少し時間があったら、プライベートな事を話しただろうか? 厚いジャンパーを着込んだ若者たちの間を体を横にして進みながら一は考えた。分からない。耳元で「ゥズちゃああああん!!」と嬉しそうな顔をした男が叫び、一はビル壁面に埋め込まれたた大型ビジョンを見上げた。まだ天野ゥズは現れていない。画面は黒く、中央部分に水色の点が周期的に光った。心臓の鼓動のイメージだろうか? この映像だけで興奮するファンは鬱陶しかったが、全く気持ちが分からない訳ではなかった。一はアニメが好きだった。キャラクターに対する愛着は理解できた。会には会長を初めとしてアニメ好きも多かった。学はどうだったのだろう? 一と同じように、アニメを見ながら感想をSNSに投稿する別のアカウントを持っているのだろうか?

大型ビジョンの真下まではまだ遠い。人を掻き分けて行くと人の頭の隙間から白くボサボサしたウィッグが見えた。天野ゥズのコスプレイヤーだ。一はキャラクター・デザインだけで言ったら天野ゥズは嫌いではなかった。好ましく感じた。非常に好ましい。しかしイデオロギーは二人の仲を切り裂いた。

天野ゥズは人々の声を収集し、テキスト・マイニングして歌詞を作っている。そして若者たち向けのラブ・ソングを作る、とされていた。そして特に10代の若者から圧倒的な支持を受けている。その歌の多くはセンチメンタルな気分、憂鬱な気分、満たされない気持ち、不安、寂しさ、行き場をなくした気持ち、自分の存在を消したい気分、などを歌っていた。それだけならまだ良かった。一も将来にまったく希望が無かった。

しかし、最近の天野ゥズの歌には孤独の先の何かを模索している歌詞が目立った。肌の色や性別、国、民族、宗教や思想などの対立があってもシンクロする何か、別々の世界のリズムが重なる一瞬を歌にしようとしていた。

ビールの小瓶を片手に盛り上がっている集団が一の行く手をはばんだ。背の高い白人男性たちが空を差して、大声でリズミカルに叫んでいる。それに呼応して、日本人の若者が近づいてきて一緒にホォーッ!ホォーッ!と奇声を上げて飛び跳ね始めた。やがて彼らのかけ声はそろい、ヘイ!ヘイ!ヘイ!ヘイ!と叫びながら人差し指を空に突き立てるのだった。

大型ビジョンの水色の光がさっきより大きくなっていた。重低音が響く間隔が短くなっている。天野ゥズの歌の開始が近いのだろう。くそ、こいつらどいてくれ。一の耳に、日本語以外の会話が聴こえてきた。韓国語だ!韓国人もこの騒ぎに混ざっている!身長の高い白人男性たちに揉みくちゃにされながら、一は血が沸くのを感じた。

まずい、行動を起こさなくては……。一はさっきまでいたカフェの窓を振り返る。学の姿はここからは見えなかった。NHKホールでは我々の会の別動隊が観客席で動き出したはずだ。一たちの属する「母なる日本を美化する会」は、今夜の虹色歌合戦の天野ゥズの舞台を破壊する。天野ゥズに歌わせてはならない。人工知能付きの音声合成プログラムが伝統あるNHK虹色歌合戦に出場するからではない。天野ゥズの歌は反日であり、またこれまでの一たちのネット上の工作を無意味な物にしてしまう敵だった。

これまで何年も、いくつもの掲示板、SNSアカウント、まとめサイト、ブログ、ホームページ、動画共有サイトに中国や韓国への悪意ある言葉を書いてきた。そのような仕事を与えてくれた会には本当に感謝しているし、誇りを持つことができた。

それが! 天野ゥズは一のプライドと評価を台無しにした。ネットに流れる言論を解析して若者たちの気持ちを代弁するとうそぶく天野ゥズは、このところ明らかに国と国、宗教と宗教などの相互不理解の悲しさをテーマにし、解決策を模索していた。そしてそれをラブ・ソングの形で歌うのだった。そして世界各国の若者たちが天野ゥズを支持し出していた。

今夜、「今年一年間のコトバを象徴する歌」というテーマを与えられた天野ゥズが、日本人の意思を代表するような顔をして、国家や民族、宗教の垣根がもし無かったなら……とでも全国放送で歌ったら、これまで一が「母なる日本を美化する会」で行ってきた仕事、ネットに書き込んで来た数万字は全て無駄になってしまう。天野ゥズは、本当にWEB上の言葉を集めて分析しているのか? 嘘だ。国家をないがしろにするような歌が、日本人の総意なはずがないんだよ!

NHKホールでは今、観客席から会の別動隊が発煙筒と警報器をステージに投げ込み、天野ゥズのパフォーマンスを壊滅させているはずだった。一の役割は、渋谷スクランブル交差点の大型ビジョンにも送られてくる映像と音声で演奏が始まったら、それを粉砕する事だった。

一は、大型ビジョンの足元にある地下鉄の出入り口の屋根に登る計画だ。そこでコートの裏地に取り付けたポータブルPAで軍歌を大音量で流しつつ、情報端末のマイク・アプリケーションで民族の優劣と国交断絶を演説するつもりだった。うまく行くは分からない。だが、俺は他民族への憎悪と殺意を宣言するだろう。民族間の悪意は絶対に消せはしない。それを証明することができれば俺の、我々の会の勝利だ。

「ちょっと!どけ!おい、どけ!」白人男性と日本の若者たちが奇声をあげながらジャンプしてお互いの体をぶつけ合っている空間を一は突破しようとした。一は必死だったが、かわいく描かれた妖怪のかぶり物をした巨体の男が降ってきて、一緒に人々の足下に倒れ込んだ。息が苦しく、プールの底に沈められたような気がする。巨体の男が顔を近づけてきてけたたましく笑った。酒臭い息が一の顔を覆う。ふいに大きな手が一の両脇をつかみ引っ張り上げた。あっと言う間に今度は足を持ち上げられ、浮かび上がった先は背の高い白人男性の肩の上だった。一は急な光が眩しくて腕で顔を覆った。股間に妖怪のキャラクターのかぶり物があった。一を肩車しているのは、さっき飛びかかってきた巨体の男のようだった。両足を太い腕によって固定され、体をひねることもできない。

肩車によって群衆の中から突き抜けて高くなった一に向けて、周囲から歓声が起こった。ちがう、そういうんじゃないんだ! 一はコートの裏に仕込んだPAを使おうと考えたが、肩車する男の上でぐらつき、男の頭にしがみついた。ちくしょう、離せ、俺を降ろしてくれ!

空から声が聴こえた。

こんばんは、天野ゥズです

一は見上げた。大型ビジョンの中で、白くふわふわした服に包まれた女性キャラクターがゆっくり目を開けたところだった。

歌うな! 一は空に向けて叫んだつもりだったが自分の声が聴こえなかった。替わりに感極まった女の声や男のうなり声が足元から湧き上がってきて一を飲み込んだ。股間からもオオオという声が伝わってきた。一を肩車している大きな男が天野ゥズを見上げようとして背を反らす。一は条件反射で背を丸めて大きな男の顎に手を回す。落ちる、と思った時、誰かが下から一の腰を支えてくれた。そのどさくさに紛れて、誰かが一の肛門の辺りを突いた。うあ、と一は悲鳴を上げて振り返ろうとしたが両膝を大きな男に抱え込まれていて体を回せない。

私には できない
私には 歌えない

おだやかなピアノの伴奏に乗せて天野ゥズが歌い始めた。人々は白いサイリウム・ペンライトを頭上に掲げてゆっくりと振り始めた。一を肩車する男は、感銘を受けたように目を大きくして白い光の波を見ると、嬉しそうにぐるぐると回転し始めた。一の視界もぐるぐると回る。渋谷駅のポスターやJRの線路、109ビルや交差点を埋める人々。そして回転するたびに誰かが一の肛門を下から突く。誰だ。流れていく視界の中で、足元に天野ゥズのコスプレをした女の子がいた。白いサイリウム・ペンライトを振っている。さっきから俺に浣腸をするのはこいつか? 俺は天野ゥズに浣腸をされているのか? 屈辱しやがって! 次の回転で一は手を伸ばして天野ゥズのコスプレをしている女の子からサイリウム・ペンライトを奪った。キャアアという悲鳴が上がる。

私はなにも 作れない、
私はなにも 教えられない
大事なことは、

天野ゥズの曲調が変化した。

とても簡単なことなのに!

ドラムを小刻みに連打する音に続いて、早いテンポの重低音が交差点を揺らし始める。人々はリズムに合わせて思い思いに叫びながら飛び跳ねる。一はロデオでもしているように上下に揺すぶられながらぐるぐると回った。

ちくしょう! 歌うのを禁止する! 一は画面の中の天野ゥズを切りつけるようにサイリウム・ペンライトを激しく振り回した。その必死なあり様が周囲の群衆をますます興奮させる。笑い声、悲鳴、リズムに合わせて手を叩く音、遠くで警官が道路からはみ出さないでください、と監視車の上から叫んでいる。

天野ゥズ、お前は一体なんなんだ、なぜ日本を美しくしようとする俺の邪魔をする? 俺はなぜお前に負けなくてはいけないんだ? 後頭部から落下しながら、一は天野ゥズが手を伸ばすのを見た。

君に必要な物は 1つだけ
それは……



終わり

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