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小説、映画、音楽の感想など

小説「虐殺器官」伊藤計劃、2007

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

近未来のアメリカ情報軍による暗殺チームを描いたSF。人をコントロールして殺し合いをさせるテクニックを巡って、暗殺チームリーダーによる淡々としたモノローグでラストに向かっていく。

そこまで必要か、というくらい緻密にハイテク兵器の仕組みが説明される。その一方でコアとなる殺し合いを先導するテクニックは直接は描写されないので(無理だが)、ややもどかしさがある。

過剰な残酷描写というのではなく、赤い花が咲くように頭が割れていた、のように詩的とも言える表現が効果的だった。特に、グロテスクな悪夢の描写はとても良かった。戦場に入っていくときの風景も、内戦状態の人々の救いがない感じで良い。ただアクションシーンそのものは、わざとなのか動きが描かれないようにも感じた。定石だと、現在形の短い文や単語を連発してリアルタイム感やスピード感を出すものと思う。恐らくそういう捻りの無い、いかにもアクションシーンです、という文は、著者は恥ずかしくて書けなかったのではないか。普通だと「相手の首にナイフを突きつける」のように現在形で書くところ、替わりに、本作では「ナイフを突きつけている」と英語の現在進行形のように書く。英語の直訳というニュアンスと、あと他人事のように語り手が醒めて見ているという二重の効果を出す意図なのかと思う。

テロ、超大国アメリカ、自我、身体、マインドコントロール、技術や組織と責任、自由、など現代的なテーマを織り込んでおり、こんな水準で小説を書けるものなのか、と恐れ入った。

ドラマとしては、三角関係か。最悪な部分を見せても自分を許してくれそうな女性を巡って戦う…かというと直接戦っているわけでもない。ダークサイドでもいいから筋を通したいという純粋さを持つ主人公の成長物語なんだろう。

そのように純粋でありたい、自分から不純物を取り除きたいという志向が、アメリカ軍の輸送機や先端テクノロジーを駆使してプラハ、中近東、アフリカなどをさっと行って制圧してくるゲームのようなスピード感とも調和している。

ミッション・インポッシブルなどで国から国へ、アクションシーンを見せるためだけに次、次、と飛んでいくあのストレスの無さ。私はゲームをやらないが、戦場を舞台にしたゲームのステージごとの切り替えもそんな感じだろうか。新しいステージに着くと、その地方の歴史や社会の描写は行われない。高速移動中の輸送機での会話、装備の準備をすると地上に落下して敵潜伏地への潜入ミッションが始まる。21世紀の映画、ゲームのストレスレスな場面切り替え、大量の情報が通過して後はスタイリッシュなアクションをするだけ、という快楽に小説が追いついたのだ。

ただ、小説の限界なのか、アクションそのものはそれほど描写されない。基本離人的なモノローグが続く。その直前までの潜伏は緻密に、スリリングに描かれるが。主人公が体を酷使したり痛めつけられることは罠に引っかかって特殊な薬を飲まされた時くらいだ。悪夢の描写はとても生々しかったので、バトルで身体的にも追い詰められる緊迫感があると良かったと思う。痛みを知覚と分離する(脳のモジュールを一部マスキングする)というテクノロジーを使っているので、設定的にできないのかもしれないが。

贅沢な小説だ。

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